鈴木三重吉赤い鳥の会

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「赤い鳥文学碑」英訳付の説明板が設置 2016年7月19日

 広島平和記念公園内原爆ドーム横「赤い鳥文学碑」に、日本語、英文の説明板が設置された。日本最初の童謡・童話雑誌「赤い鳥」を創刊した作家、鈴木三重吉を顕彰した碑で、昭和39年、被爆後のヒロシマの文化の復興のシンボルとして、三重吉ゆかりの地に建てられた。近年、修学旅行や外国からの観光客も多く、平和への願いが込められている意味の解説が必要。予てより広島市に設置を嘆願していたが、この度ようやく実現した。
 
鈴木三重吉母校、本川小学校生徒への説明 説明板原稿



鈴木三重吉忌法要・松本憲治講演会 2016年6月25日 長遠寺

 今年の三重吉忌は、音楽家松本憲治先生が、「廣島の童謡の系譜〜『赤い鳥』から『金の船』、『ぎんのすず』まで〜」と題して講演された。
 日本の唱歌、洋楽の歴史から童謡に至る背景を、スライドを使って分かりやすく解説。戦前の広島の音楽事情や被爆の翌年誕生した広島発の教育雑誌「ぎん のすず」も紹介された。「赤い鳥小鳥」「りす、りす、小栗鼠」「故郷」「夏は来ぬ」「雨」「十五夜お月さん」「ちんちん千鳥」の童謡を、竹本順子さん の伴奏、山口水蛍さんの美しいソプラノの歌声が会場に流れ、100人近く集まった聴衆を魅了した。


松本憲治講演風景



鈴木三重吉

「鈴木三重吉赤い鳥の会」について

鈴木三重吉赤い鳥の会会長 長崎 昭憲

 今から90年前、広島が生んだ児童文学者鈴木三重吉先生は、雑誌「赤い鳥」を創刊し、日本最初の童謡・童話を創作しました。「赤い鳥」には多くの作家、作詞家、作曲家、画家が賛同し、文学・美術・音楽などの広い芸術の分野で先駆的役割を果たし、日本の教育の歴史にも大きな影響を及ぼしました。「赤い鳥」から生まれた多くの童謡・童話は国民に親しまれ、その影響は現代にまで及んでいます。
 広島は文化不毛の地といわれ、金子みすずや宮沢賢治は知っていても「赤い鳥」や鈴木三重吉先生の名前すら知らない人が多いのが現状です。広島に「赤い鳥文学館」を建設し、広島市民に鈴木三重吉先生の偉業を知って頂き、「赤い鳥」を通して広島から世界へ文化を発信し、世界平和に貢献出来ることをめざしています。


   平成28年7月23日 中国新聞記事「三重吉の功績を世界へ」 が掲載されました。

   平成25年6月26日 中国新聞記事「みすゞの心 子の言葉育む」 が掲載されました。

   平成24年9月30日 中国新聞記事「生誕130年 三重吉しのぶ」 が掲載されました。

   平成24年7月5日 中国新聞記事「三重吉 作文通じ人間教育」 が掲載されました。

   平成24年1月4日 中国新聞記事「鈴木三重吉生誕130年への思い」 が掲載されました。