鈴木三重吉赤い鳥の会

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鈴木三重吉忌法要・井野口慧子講演会 2017年6月24日 長遠寺

 今年の三重吉忌は、詩人井野口慧子先生が、「<赤い鳥>から現代詩までー言霊に導かれて」と題して講演された。
 自伝を振り返りながら、戦後の焼け野原で童謡を口ずさみながら成長し、少女時代病床にあって、佐々木貞子さんの死を聞いて原爆への思いに目覚め詩を書き始めたこと。ご結婚後お嬢さんの死を体験され、子どもたちへの絵本の読み聞かせの「明日香文庫」を自宅で主宰され、多くの子どもたちへ愛情を注いで来られた体験談を披露されました。
 多くの人との出会いを通して、言葉が愛の魂を持っていることを語って頂き、聴衆を魅了しました。


井野口慧子講演風景



「赤い鳥文学碑」英訳付の説明板が設置 2016年7月19日

 広島平和記念公園内原爆ドーム横「赤い鳥文学碑」に、日本語、英文の説明板が設置された。日本最初の童謡・童話雑誌「赤い鳥」を創刊した作家、鈴木三重吉を顕彰した碑で、昭和39年、被爆後のヒロシマの文化の復興のシンボルとして、三重吉ゆかりの地に建てられた。近年、修学旅行や外国からの観光客も多く、平和への願いが込められている意味の解説が必要。予てより広島市に設置を嘆願していたが、この度ようやく実現した。
 
鈴木三重吉母校、本川小学校生徒への説明 説明板原稿



鈴木三重吉

「鈴木三重吉赤い鳥の会」について

鈴木三重吉赤い鳥の会会長 長崎 昭憲

 今から90年前、広島が生んだ児童文学者鈴木三重吉先生は、雑誌「赤い鳥」を創刊し、日本最初の童謡・童話を創作しました。「赤い鳥」には多くの作家、作詞家、作曲家、画家が賛同し、文学・美術・音楽などの広い芸術の分野で先駆的役割を果たし、日本の教育の歴史にも大きな影響を及ぼしました。「赤い鳥」から生まれた多くの童謡・童話は国民に親しまれ、その影響は現代にまで及んでいます。
 広島は文化不毛の地といわれ、金子みすずや宮沢賢治は知っていても「赤い鳥」や鈴木三重吉先生の名前すら知らない人が多いのが現状です。広島に「赤い鳥文学館」を建設し、広島市民に鈴木三重吉先生の偉業を知って頂き、「赤い鳥」を通して広島から世界へ文化を発信し、世界平和に貢献出来ることをめざしています。


   平成28年7月23日 中国新聞記事「三重吉の功績を世界へ」 が掲載されました。

   平成25年6月26日 中国新聞記事「みすゞの心 子の言葉育む」 が掲載されました。

   平成24年9月30日 中国新聞記事「生誕130年 三重吉しのぶ」 が掲載されました。

   平成24年7月5日 中国新聞記事「三重吉 作文通じ人間教育」 が掲載されました。

   平成24年1月4日 中国新聞記事「鈴木三重吉生誕130年への思い」 が掲載されました。